「―うん、空いてるよ。明日の16時ね。じゃあ、バイバイ。」
高校3年生の春、二者面談の順番が近かったことがきっかけで、葉月くんと話すようになった。
夏を迎えても、彼は「これからは水泳の季節だもん。」の一点張りで、進学よりも海とかプールとか、そういうのに興味があったらしい。
塾や模試に神経をすり減らしていた私とは大違いで、なんだかとても楽しそうだな、というのが最初の印象だった。
「葉月くんは、どんな大学に行きたいの?」
そう尋ねた時、彼が一瞬迷った顔をしたのことも覚えている。
「のびのび、楽しく、泳げるならどこでもいいかな。あー、でも県外に出たい気もする。」
欲張りかな、とも言ってたっけ。
「さんは、どこか行きたいところあるの?」
「私も、一人暮らししてみたいかな。」
結局のところ、私は周りの空気に飲まれていただけで、明確な進路希望なんてなくて、なんだか虚しい気持ちで夏を迎えていた。
「近くになったら、よろしくね。」
綺麗な笑顔でそう言ってくる彼に、私もなんだか笑顔になった。
そして今、大学1年生の秋を迎えようとしている。
私は県外の大学へ進み、アパートを借りている。
念願だったはずの一人暮らしが、時々辛いものに感じられるようになっていた。
静かな部屋や、自分だけの食卓。不意に、無性に、寂しくなる。
夏休みには地元へ帰り、馴染みの友達と近況を報告し合ったけど、すぐに会える距離じゃない。
予定が合わず会えなかった人もいて、なんとなくの話を、それぞれの友人からきいたり。
「も○○県だもんねー。遠いよー。」
「俺、たしか葉月からも○○県にいるってきいたけど、会った?」
「普通にしてたら、まず会わないよ。駅前だって、人すごく多いんだから!」
こんな田舎とは違うよー。確かになー。
そういって笑い合ったのがついこの前。
今年の夏、みんなに嘘をついた。
葉月くんとは、何回か会っている。
そこまで家が近いわけじゃないから、大学やバイトのあとに駅で会うことが多い。
「近くになったら、よろしくね。」
あれは約束じゃなかったけど、なんだか守られていて面白い。
そして、明日は3週間ぶりに葉月くんと会う。
彼と会えると思うと、元気が出てくる。
なんでこんなに、嬉しいんだろう―
「ちゃん、おまたせ。」
今日も、いつもと変わらない笑顔を見せてくれる。
「そうだ、きいて。夏休み地元に帰ったんだけどね―」
ひとつ変わった。今日、はじめて、手をつないだ