・・・どうしてこんなことしちゃったんだろう。
ぬるめのお湯に浸かりながら、まとまるわけのない答えを探すしかなかった。
ドアの向こうのベッドの上には、さっきまで(今、も、まだ)ただの同級生だった男が寝ている。
大学に入って、しばらくして、恋人ができた。
実家暮らしの私にとっては、一人暮らしは、やっぱり憧れの対象だった。
”彼”になった人も一人暮らしをしていて、たまには、アパートにお邪魔することもあった。
それでもやっぱり、私には帰るべき家があって、ずっと一緒にはいれなかった。
私が家族と過ごしている間、渚がどんな時間を過ごしているのか、私は知らなかった。
仕方がないことだとわかっていても、それは、ずっと心のなかに残っていた。
彼のプライベートに口を出さなかったし、彼も、私に何も言わなかった。
渚のことが好きだという気持ちに、いつからか、”多分”と”義務感”が付きまとっている気がした。
絡めた指も、触れた唇も、私だけものじゃない気がした。
『ハルカちゃん』と呼ばれるたびに、嬉しさと、疎外感を覚えた。
サークルや学科のみんなからは『ハル』とか、『ハルちゃん』って呼ばれていた。
高校までもそうだったし、自己紹介でもそう言った。
一番親しみを感じられる呼び名だった。
多少なりと、そのせいだと思う。
渚と、私と、『ハルカ』の間には、消して埋まらない溝があるような気がした。
高校の同級生と会っているのは知っていた。
私と渚が付き合い始める前からそうしているのをきいていたから。
その中に、女の子がいることも知っていた。
でも、それを嫌がったり、止めたりはしなかった。
私は、いつでも同級生と会える。
でも、渚は滅多に地元には帰れない。
だったら、会える友だちに会うことを、私のワガママで止めちゃだめ、だから。
そんなひとりよがりの我慢を続ける内に、迷いは大きくなっていった。
そんな、悩みや、迷いを吐露する相手に、私はこの人を選んでしまった。
「葉月じゃなきゃダメなの?」
もう、わからない。
「俺で、試してみる?」
私は、笑いながら告げられた”冗談”に乗った。
浴室から出て、部屋の主を見やれば、彼は起きているようだった。
「お風呂、ありがとう。」
今声に出来る、精一杯の言葉だった。
「いえいえ。もっとゆっくりしててよかったのに。」
「バス、なくなっちゃうと困るから。」
ああ、実家だもんな、と納得しているようだった。
「バス停まで送ろうか?」
「平気、ひとりでいい。」
「そっか。」
気をつけて帰れよ。
靴を履いている後ろから、そう声をかけられる。
「ありがとう。」
あと・・・今度。ハルが落ち着いたらでいい。話をしたい。
「・・・わかった。」
私は、部屋を出た。
今日だけは、終電を逃す訳にはいかない。
パンプスだろうが、靴擦れをしようが、走るしかなかった。
どうして、乗った、のか。
拒む理由はあったはずなのに。
どうして、彼は優しかったのか。
ひどいのは、誰なのか。
近いうちに、私は渚と別れるのだろう。
今まで、見て見ぬふりをし続けた答え。
でも今は、不思議と、驚きや悲しみを感じなかった。